2019年11月30日

日光とビタミンD

日光が皮膚に当たると体内でビタミンDが合成される。
僕は夏は真っ黒に日焼けするのが大好きだ。
それで、真夏は僕のビタミンDは充足しているはずだ。

秋に喘息が悪化するのはビタミンD不足?
僕の皮膚は夏の間に真っ黒になる。
黒い皮膚から日光は皮下に入りにくい。
それで、秋にはビタミンD不足になる???

20分間の日光が手に当てるだけでビタミンDが1万単位合成されるという。
秋になって、照射時間が減ってくる。
まして、黒い皮膚からはビタミンDの合成はあまり期待できない。

秋雨の頃は日光からのビタミンDは期待できない。
半信半疑では続かない。
しっかり、続けよう。

やっぱり、ビタミンDのサプリは必須だろう。ビタミンDの大量投与でビタミンAが枯渇するらしい。
一緒に、ビタミンAもビタミンK2も摂ろう。

posted by ままちゃん at 17:36| Comment(0) | ビタミン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「喘息が完治した」という話を聞いたことがない

あれやこれやと試行錯誤の最中だが・・・。
喘息の発作らしき夜中の呼吸困難が出た最初は2005年の9月だった。

その1年前の12月に偶然にもツベルクリンで陽性になった。
それで、2種類の抗生物質を半年間飲み続けた。
そのころから胸やけが始まった。

夜中の呼吸困難はその後も何度かあった。
抗生物質で胃のピロリ菌が絶滅したのが胸やけの原因だろう。
そこから喘息へと発展した。

最初の呼吸困難の何年か前にひつこい頭痛が続いた。
緊張性頭痛とかで難治だった。
不眠が続いて、睡眠導入剤を手放せなくなった。

2009年には喘息のステロイド吸入が始まった。
が、平生は喘息なんて忘れるくらい呼吸に問題はなかった。

時折、夜中に痰が絡んで発作がきた。
2013年の9月の深夜に発作。
それからは、ステロイド吸入と抗アレルギー剤をちゃんと続けた。

自己責任で薬をやめるまでの2年半は地獄だった。
やめたから治るわけでもない。

その間、ネット検索で探した探した・・・。
「喘息完治」ではほとんどヒットしなかった。
今でもそれは同じだ。

僕の喘息が始まったころ、睡眠導入剤を毎日のように服用していた。
もう、それなしでは眠れないほどになっていた。
半錠に減らしてでも続けた。

人間は睡眠中でも「ゴクン」と唾を飲み込む。
睡眠が薬で持続すると、その不随意的な嚥下が阻害されるのではないだろうか?

それで、唾液が食道へと落ちないで気管へ入るなら、喘息様の発作になる・・・。
今でも、眠剤は欠かせない。
でも、喘息が酷く薬を続けていたころは眠剤なしでも寝つきがよかった。
これは何故だ???
吸入ステロイドのせいなら、むしろ寝付けないはずだろう。

薬で無理に睡眠はいけない。
交感神経が活発では眠れないが気管支は開く。

様々な試行錯誤でも喘息が完治したというブログに行き当たらない。
これは、おそらく、喘息患者のほとんどが吸入ステロイドやら気管支拡張剤やらを常用しているからだろう。
僕のように完全に断薬してからの試行錯誤はあまり経験のないことなのだろう。

僕も体質改善で体温が上がった。
筋肉も付いた。
けど、喘息はそのままだ。

免疫機能が向上したはずが・・・?
それは、この喘息の原因をアレルギーだと勘違いしているせいだろう。

いくら免疫機能を賦活しても、喘息の原因が免疫力の低下ではないとすると・・・。
痰と咳と息苦しさの原因が喘息ではなく、心臓機能からくるのなら・・・。
それなら、むしろ納得できる。

僕の喘息の原因が呼吸器ではなく、消化器や循環器かもしれない。
posted by ままちゃん at 17:07| Comment(0) | 喘息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

薬を断って僕が実践していること

巷に出回っている医学常識やらパラダイムシフト。
その中で、誰もが提唱する共通のことがある。

「食べ過ぎないこと」
「運動をすること」

この二つで健康が維持できるような気もする。

西洋医薬は身体を冷やして完治を遅くさせる。
薬を断った僕が今実践していて、いいと思うこと。
手ごたえがあったこと。

運動は一番大切で、汗をかくくらいの運動。
食事はいつも空腹がいい。
満たされると人間の免疫は怠惰になる。

しかし、現代人の食べ物には大いに疑問だ。

小麦や米は昔のものとは似て非なるものだ。
野菜もハウスで育つ直射日光に当たらないもの。
種はf1で一代限りの死物。
魚は養殖で薬漬け。
肉もホルモンだの薬だの・・・。
草を食べない牛の肉。
添加物バンバンの売れ残り食品が餌の豚の肉。
抗生物質まみれストレスまみれの鶏肉。

なるべくなら、食べたくはないものばかり・・・。

それを補うためのサプリ。

サプリなしでは生きていけないだろう。
マグネシウム
ビタミンD
プロテイン

の食べ物だけで生きていけない世の中になってしまった・・・。
posted by ままちゃん at 09:09| Comment(0) | サプリメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨夜は就寝時から痰がからんだようで不快だった。
ラジオを聴きながら深夜になってオシッコ。

その直後に喉と息に異変。
すぐにトイレへ逆戻りして排便。

その後はベッドにうつぶせ寝。
ガーガーと痰を出すように努める。

すると、痰が出始めた。
気道が開いて出口あたりで喉へ痰が飛び出すようだ。
その痰を飲み込んでいく。

しばらくすると、また痰が出口にある・・・。

結局、2時になっても眠れずに眠剤を半錠。
部屋の温度は10度を切る。

6時過ぎには起きた。

あの痰の出方は何だろう?
後鼻漏か気管から上がってきたものか?

気管から上がってきたものであれば、気管支粘膜からの産物。
痰は健康な時でも一日に何リットルも産生するらしい。
それを無意識のうちに飲み込んでいる。

ただ、僕の痰が絡んで苦しいときは、気道にへばりついて簡単には出せない。
この粘りをなんとかできれば健常人と同じように苦も無く飲み込めるだろう。

痰を切れやすくするには水を飲めというが・・・。
水で痰が切れたり、血液がサラサラになったりするものだろうか?

昨日は小麦製品も食べなかったし、夜の柿も食べていない。
だから、ゲップもオナラもなかった。
ただ、ウンチの切れが悪い。

多少は下痢気味の時のほうが呼吸は楽である。
腸管と気管の相互関係???

SIBOを気にしてFODMAPを避けているが、ある程度のFODMAPは便通には必要かもしれない?
逆食で頭を高くして寝ているが、これが後鼻漏を助長している???

ビタミンDは毎日1万単位から2万単位飲んでいる。
効果は随分と実感しているが、この痰だけはどうにもならない。
posted by ままちゃん at 07:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

足のむくみ

今日は帰宅後に足の靴下のゴム部分の上側がむくんでいるのに気がついた。
ゴムの上がむくむとは心臓から送り出された血液がゴムの部分から下へ行けない?
心臓からの圧が低い?
冠動脈の狭窄によるものか?

僕の喉のゼコゼコやら足のむくみやらが本当に喘息からくるものなのか?
冠動脈の狭窄は気になる・・・。

納豆キナーゼというものが血栓を溶かすらしい。
納豆は高FODMAPだからあまり食べたくない。
そこで、納豆キナーゼのサプリをアマゾンで注文。
納豆キナーゼをネットで調べていたら、「ウロキナーゼ」も血栓溶解作用があるという。

ウロキナーゼは人の尿に含まれる。
人の尿を濃縮して医療用のウロキナーゼとして製品化されていると聞いてびっくり。
ならば、飲尿療法そのものではないか・・・。

納豆キナーゼを飲んで、ついでにオシッコも飲んでみようかな?
posted by ままちゃん at 19:56| Comment(0) | 冠動脈狭窄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

癌を増大させる現代医学

崎谷先生のパレオブログにステージ4の胃癌について質問をした人。
崎谷先生の答えは・・・。

癌の検査のCTも生検もPETも癌を増大させるだけだと言われる。
CT検査は放射線をレントゲンンの100倍も照射する。
生検は切除手術と同じで癌の増殖を賦活する。
PET検査は癌細胞にブドウ糖を注入する。ブドウ糖は癌細胞の生きる糧だ。

ステージ4は厳しいと思うが、抗がん剤や手術や放射線で苦しみながら死んでいった友がいる。
ステージ1や1や3はどうかというと、
これらはほっておいても癌がい大きくはならないのだそうだ。
それを手術だの抗癌剤だので、「よかったね、寛解だ。」

何のことはない、なにもしなくても、そんなに小さい癌は癌ではないし大きくもならないそうだ。
「癌は安心させてあげなさい。」という先生の本。
もう一度読み直してみよう。
posted by ままちゃん at 17:28| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

喘息完治への道、中間報告

2004年の暮れにツベルクリンにて結核が陽性だった。
子供の頃にはいつも陰性だったので何度かBCGという痛い注射を上腕に打たれていた。
いつも陰性とは、BCGで結核菌を身体に注射しても、免疫力が弱いのか結核にたいする抗体価が上がってこない体質。
でも陽性反応ではないから結核に感染はしていない。

僕はフィリピン・スリランカの生活から8年ぶりに帰国したのが1996年1月。
そっからは日本に在住。
8年ぶりのツベルクリン検査で陽性。

多少は咳が出るていどで生活に支障はない。
どういうわけか、その総合病院ではツベルクリンは小児科だった。
結果を見たそのおじいちゃん医者は「咳は出ますか?」「はい」と答えると、即座にマスクをした。
呼吸器内科へ回されて、そこでこれからの長いことお世話になる主治医にあった。

血液検査でコレステロール値も高かったので、スタチンを処方。
結核の薬として抗生物質を2種類一日3回。
6か月間続けた。
そのころから胸やけが始まった。

6か月がたって、抗生物質が終わるころに、夜中に発作。
運転免許センターでは分煙ができていなくて、禁煙してる僕にタバコの煙は地獄だった。
そんなことが一年に何度か経験する。
主治医に言うと、「あなたは喘息かもしれませんね。」

僕にとって、「喘息」とは初耳だった。
弟が小児喘息で、成人した今でもタバコをやめられないで喘息とは決別できていない。

去痰剤やら、気管支拡張剤やら、抗ヒスタミン剤やらで何年かを過ごした。
2009年に4日間の中国旅行やら3日間の香港旅行で、帰国後に発作。
それからは、ステロイド吸入続けるをことが始まった。

その後も夜中の発作を何度か経験する。
平生は自分が喘息だとは忘れるくらいに普通に暮らしている。
夜中に突然襲てくる発作。
だから、平生はステロイド吸入なんか忘れることが多かった。

その4年後の2009年の9月の夜中。
発作で息ができない。
妻に運転してもらって総合病院へ。

そのときからは、朝晩のステロイド吸入と就寝前の抗アレルギー剤。
苦しい時には気管支拡張剤・去痰剤・メプチン・・・。
それを2年半忠実に続けた。

その間は地獄の苦しみだった。
治るどころか、一日中で続ける痰・昼間でも発作・・・。

漢方に頼ったこともあった。

2年半経ったときに考えた。
このまま、死ぬまでこの薬で苦しい生活を送るのかと酷く落ち込んだ。
おカネもかかるし、通院で仕事も休む、夜中に何度救急で病院へ行っただろうか?

「えーい」と、きれいさっぱり薬から解放されることを選んだ、自己責任で・・・。
それから、3年8か月・・・。

完治はできていないが、それに向かいつつあるという自負はある。
この3年8か月のことについては今までにも何度か書いている。
ここで、系統だった文章で残してみたい。

次回にはこの続きを書こう。
posted by ままちゃん at 08:58| Comment(0) | 喘息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月28日

帰宅時に始まる咳

今日は仕事を終えて車に乗ったあたりから咳が出始めた。
痰が絡んでいる。
仕事帰りになぜ咳が始まるのだろう?

着替えの時に埃を吸う。
シャッターを降ろす時に埃を吸う。

帰宅してからも喉がいがらっぽい。
そのうちにウンチがしたくなった。

これは息苦しさからくるものか、それとも消化器と咳が関係あるのか?
かなりたくさんのウンチが出た。
その後は咳が止まった。

昨夜は就寝前のウンチ。
その後、夜中にオナラとゲップが壮絶だった。
結局、2時くらいの導入剤を飲んで寝た。

昨日は休日で朝はコンビニのパンとコーヒー(砂糖入り)。
昼はシチューの残りにパン。
夜はパスタ。
夕食後に柿。

高FODMAPのせいだろうか、
今朝はゲップもオナラも止んでいた。
今朝はインスタント焼きそば。
朝も昼もコンビニのコーヒー(砂糖入り)。
昼食はカッパ寿司。

FODMAPか?
SIBOか?
埃か?

ウンチを気張ると必ず水溶性の鼻水が出る。
これだけが不思議だ。
大腸内のウンチが出ることと鼻水との関係がわからない。
即効性がある相互関係。
posted by ままちゃん at 19:12| Comment(0) | 喘息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

ローマ教皇の御言葉

ローマ教皇の青年との集まりでの言葉がある。
これは東京のカテドラルでの一コマ。
カリタスが全世界にネット配信している。
英語なので日本のメディアは取り上げないが・・・。


三人の青年が教皇に読み上げる叫びや問い。
そのうちの一人の青年が僕の知り合いの子だった。
彼は小学4年でフィリピンから日本に来た。
両親もフィリピン人。
日本語も日本の習慣も文化もわからずに、いじめに遭う。

若者が目的を失い、生きる望みも失っているという青年達の問いに・・・。
「何のために生きるのか?」ではなく、「誰のために生きるのか?」を考えなさいという答えだった。

何のために生きるのかを考えたって一生かかっても答えは出ないだろう。
でも、誰のために生きるのかを考えれば、すぐに答えが出るような気がする。

なんという簡素で素晴らしい言葉だろう。
僕もこれからは、この言葉を座右に名にしよう。
posted by ままちゃん at 19:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

ローマ法王

ローマ教皇が来日した。
三泊四日で長崎・広島は一日で移動。
翌日は天皇と会談で東京ドームで5万人にミサ。
その間に、青年の集いもあった。
離日日も上智大学で講演。

来日前はタイにいた。
なんという強行スケジュールだろう。
いつもの笑顔が忘れられない。

原発や核兵器で人類は地に落ちた。
核兵器廃絶に批准しない日本とアメリカに落胆する。

核エネルギーにも反対だ。
これほどまで具体的に意見を発する教皇はめずらしい。

全世界の5分の1はカトリックだという。
貧しい者、弱き者、忘れられた者、病気の者・・・。
そんな人たちこそに目を向けるべきだという。

経済では平和は得られないという。
posted by ままちゃん at 16:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする