浪人時代も九州芸術工科大学を受験しようと思ったこともある。
高校2年のときの修学旅行が九州だった。
阿蘇の山並みは未だに思い出深い。
6年前に亡くなった僕の親友。
彼とはその年に初めて一緒のクラスになった。
修学旅行で阿蘇のホテルに泊まった。
夜になって、彼とあと二人のクラスメートと一緒にホテルを抜け出した。
月明かりの阿蘇の草原を歩き出した。
野犬がウロウロしていて怖かった。
そのうち、二人が帰ると言ってホテルに戻った。
残された僕と彼と二人だけで歩き続けた。
今では何分間だったかは覚えていないが、やっぱりホテルに戻った。
ところが、出るときには開いていた玄関脇のドアが閉まっている・・・。
「野宿しよう。」と彼が言い出した。
僕はそれが嫌だったので、探した結果、食堂の裏手の小さなドアが開いているのを発見。
今でも、その時の阿蘇の草原を思い出す。
何故、九州に憧れたのか?
当時は毎晩ラジオの深夜放送に聴き入っていた。
でも、日曜日の深夜はどの放送局も夜12時くらいで放送が終わる。
ラジオのチューナーをクルクルまわしてみると、雑音交じりで九州の放送局から聴こえた。
また、僕のいた鉄道研究同好会でSLを追って九州を一周したこともある。
でも、一番の憧れが阿蘇だった。
雑音交じりで聴いたラジオの向こうに未知の国があるようだった。
大学は北海道だったが・・・。
阿蘇の山並みで草を食む牛の姿が遠因になっているのかもしれない。
その阿蘇が地震と大雨で被災地になった。
隔世の感がある。