2019年12月06日

温泉で一泊

高校時代からの親友と二人で温泉で一泊した。
姉の退職後の組合が持っている会員権で宿泊した。
ゴルフ場が併設された高級リゾート。

夕食は本格的なコース和食。
食べたことがないような洒落たコース料理が出てくる。

いわゆる温泉宿ではない。
スパという言葉で呼ばれる。
浴場も湯気が一切ないのだ。
おそらく換気扇が回っているのだろう。
湯舟をでて身体を洗う時にはなんだか寒いくらいだった。

夜はベッドに枕を三つにうつぶせ寝。
朝も温泉につかって、朝食は軽いモーニングセットのようなものだった。

チェックアウトして浜松城を見学。
動物園の横に「動物愛護センター」があった。
昨日保護空したというゴールデンレトリバー。
もう1か月もいるという6歳くらいのシーズー・・・。
ネコもいた。

浜松城を見学するころから喉に異変。
いつもの痰のからみだ。

昼食を摂るお店もなく、車は別々だったので、途中ではぐれてしまった。
スマホで会話はできるが、お互い居る場所がわからない。
結局、そのまま高速に乗って帰ることになった。

行きも帰りも高速のサービスエリアでコーヒーとおにぎりとパン。
どこのサービスアリアにもコンビニがあるので便利だ。

今朝はどうも喉に透明痰。
そのうちに黄色い痰。

温泉は僕にとっては気分転換にはどうだろう?
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2019年11月27日

ローマ教皇の御言葉

ローマ教皇の青年との集まりでの言葉がある。
これは東京のカテドラルでの一コマ。
カリタスが全世界にネット配信している。
英語なので日本のメディアは取り上げないが・・・。


三人の青年が教皇に読み上げる叫びや問い。
そのうちの一人の青年が僕の知り合いの子だった。
彼は小学4年でフィリピンから日本に来た。
両親もフィリピン人。
日本語も日本の習慣も文化もわからずに、いじめに遭う。

若者が目的を失い、生きる望みも失っているという青年達の問いに・・・。
「何のために生きるのか?」ではなく、「誰のために生きるのか?」を考えなさいという答えだった。

何のために生きるのかを考えたって一生かかっても答えは出ないだろう。
でも、誰のために生きるのかを考えれば、すぐに答えが出るような気がする。

なんという簡素で素晴らしい言葉だろう。
僕もこれからは、この言葉を座右に名にしよう。
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2019年11月26日

ローマ法王

ローマ教皇が来日した。
三泊四日で長崎・広島は一日で移動。
翌日は天皇と会談で東京ドームで5万人にミサ。
その間に、青年の集いもあった。
離日日も上智大学で講演。

来日前はタイにいた。
なんという強行スケジュールだろう。
いつもの笑顔が忘れられない。

原発や核兵器で人類は地に落ちた。
核兵器廃絶に批准しない日本とアメリカに落胆する。

核エネルギーにも反対だ。
これほどまで具体的に意見を発する教皇はめずらしい。

全世界の5分の1はカトリックだという。
貧しい者、弱き者、忘れられた者、病気の者・・・。
そんな人たちこそに目を向けるべきだという。

経済では平和は得られないという。
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2019年11月21日

長瀞は寒かった

妻の友人二人と一緒に長瀞へ行った。
最初は宝登山へロープウエーで上がった。
紅葉を見るのが目的だった。
紅葉は真っ盛りで美しい。

帰りにどこか見るとこはないかと妻がネットで調べた。
それで長瀞の渓谷がヒット。
川下りは寒くてとてもできない。

そんな寒い中を半日歩いたり登ったり。
でも、身体はかえって気持ちがよかった。

名物の蕎麦を食べようと妻がネットでみつけたお店へ・・・。
観光バスが止まっている高価そうな店。
結局、ガストで定食やらタンメンやら・・・。

たった4時間ほどの旅でも楽しかった。
いつも思うこと・・・。
そこへ行ったのも僕達夫婦も初めてだった。
家から1時間ほどでいけるのし観光地としては有名。
ここに暮らしてもう20年以上だが、どこへも行っていないことを実感。
僕が妻にも子供たちにもどこへも連れていってやらなかったことを今更後悔する。

帰宅すると、長女が来ていた。
三峰神社のお守りを僕と妻に買ってきてくれた。
何日か前に行ったらしい。
交通安全と健康祈願と厄除けのお守り。
三峰神社は僕たちが行った長瀞のある秩父鉄道の終点駅だ。
なんという偶然だろう。
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2019年10月01日

グレタさん

グレタさんは北欧に住む少女。
週に1日は学校を休んで、街角で「地球温暖化」を訴える。

先日は国連の環境部会に呼ばれた。
「これ以上地球を破壊するなら、私はあなたたちを決して許さない。」
彼女のスピーチは後には引けない思いつめた感があった。

各国の首脳は自国の経済に不利にならないように、ある者は無視。
ボルネオ・アマゾンで熱帯雨林の焼け野原が広がりつつある現状。

ゴミや廃棄物で満杯の地球。
宇宙にまでゴミを撒き散らす。

ヒマラヤ登山だって、下山中にゴミを捨ててくることは慣例だ。
シェルパーの遺体だって捨てる。

北極の氷がハイスピードで溶けていることは誰もが知っている。
知らん振りするから、今の消費生活がなりたつ。

「要らないものは、作らない、売らない、買わない、捨てない・・・。」

原発だってなくても電気は足りている。
賄賂が横行する原発がいかに汚いものかが最近暴露されたじゃないか。

「未来のない将来を教えるのなら、私は学校に行かない。」
正しい意見だ。
子供に教えられる。
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2019年09月24日

限界集落・消滅集落をなんとかしよう

山奥でもなく、市街地からそれほど遠くもない。
そんな日本の里山が大変なことになっている。
もう何年も前から集落が消滅して、家は廃屋になって、野生動物の棲み家になてしまっている。

里山から人は都会へ出て行き、そこで仕事を見つけ家を建てて、永住の地になる。
もう生まれた里山には戻ってこない。

荒れ放題の里山を見るたびに気持ちが落ち込む。
だからといって、僕たちがそこに住んで生活するのも困難だ。
すでに、商店もなく、学校さえ閉校で、クリニックもない。

若者はフーフー言いながら都会のストレス社会で心身ともに消耗していく。
仕事さえあれば、若者達は必ず里山に住みたいだろう。
子育てもうまいく・・・。

ただ、若者達にそこで仕事があるだろうか?
農業ならいっぱいある。
「農業では食べていけないし、子供に高等教育を受けさせられない。」

農業生産物のほとんどを輸入し、家庭菜園では遺伝子組み換え種子でできた物を食べる。
国が本当に安全な農業生産物を買い上げて、ちゃんと生計が経つような農業。
生活保護や原発に湯水の如く流れる税金をこっちの補助金として活用する。

高校以上の子供達の学費は全額補助する。
里山に出没する野生動物は罠で捕獲して肉として食べる。

一番の問題は入植した若者達の生活を維持できるほどの収入があるかどうか。
おそらくは、出来ないだろう。
米の野菜も果物も店頭販売価格が安すぎる。

牛乳も卵も安すぎる。
物価の優等生などと言われるが、その裏で抗生物資と汚染された飼料,舎飼いのストレス。
50年前の卵とは牛乳とは似ても似つかないものになっている。

これを元に戻すには国の補助事業と行政力しかない。
農家個人の力量に頼っていては、消滅するのを指をくわえて見ているだけだ。
アマゾンやボルネオの山林火災も見ているだけでは、地球が滅びる時間を短縮するだけ・・・。

僕にはこれといって対応策はない。
しかし、原発や軍隊の強化にシフトするような政権はもうコリゴリだ。
posted by ままちゃん at 08:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月10日

藤川徳美医師は男性だった

先入観とは恐ろしいもので、頭から僕は女性だと思っていた医師が実は男性だった。
名前も女性を思わせる・・・。
ブログの書き方も女性だと思わせる。

ネットの写真で男性だとわかったときの驚き・・・。
恐らくは、名前で僕は「女性」だとの記憶が始まった。

オーソモレキュラーや既存の医学知識に物足りなさを感じるのは男ではないとの先入観もあった。
とんでもない思い込みだった。

「亜鉛欠乏」で検索してみて、藤川医師がヒット。
最近の本はカバーに顔写真がついている。
そういえば、どんな顔だろうか?と
「画像」をクリックしたことから始まった。

僕の高校時代にヒットしたグループサウンズの曲。
その歌詞に「夢の星より澄んでいる」を「夢のお城に住んでいる」と勘違い。
今では、どっちが本当かもわからないままだ。

先入観とはこれほどに恐ろしいものだとつくづく感じる。
posted by ままちゃん at 16:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月07日

アイリスオーヤマの凋落

僕は動物関係の自営業。
大き目のイヌのケージを探していた。

もう10年以上も前のこと。
ホームセンターでピッタリのケージを見つけた。
それを6個も買っていまでも大事に使っている。
その後も少し小さめのケージも・・・。

もう忘れたがほかにもアイリスオーヤマ製のものがいくつもあった。
他社の製品にはない使い勝手がいいもにばかりだった。
はて?この会社は一体どんな会社だろうか?

それが、ここの社長がNHKのプロフェショナルに出たあたりから状況が一変した。
これはという製品がお店から姿を消し始めた。
製造しなくなったのだ・・・。

アイリスオーヤマ製品を探してみると・・・。
LEDランプ・掃除機・空気清浄機・加湿器・収納ラック・・・。
どれもこれも物まね製品ばかりだ。

動物のケージを探してみると、僕が重宝していたものは既に製造中止。
他の動物製品も他社の物と似たり寄ったり・・・。
動物のキャリーに到っては、蓋を開けても動物の足が引っかかって出てこない。

確かに、僕が愛用していた大き目のケージはそんなに数多く売れるものではないだろう。
しかし、それでも、一人のお客を大事にする精神は物造りには大事だろう。

多売できないものは作らないとでも社訓があるのだろうか?
他社が作れないが、誰かが必要としているものを作る醍醐味はなくなった。

僕が買ったアイリスオーヤマ製の掃除機も空気清浄機もキャリーも今ではゴミになってしまった。
アイリスオーヤマに猛省を期待する。

いまや、ホームセンターへ行くとアイリスオーヤマ製の物まね製品ばかりでウンザリだ。
利益追求を前面に出すとこうなるのだろうな・・・。

物が有り余って売れない時代。
だからこそ、原価率は悪いが他社が作らない素敵な物を作ってほしい。
posted by ままちゃん at 08:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月30日

害虫と益虫

僕の知り合いの女性で大腸癌で人工肛門の人がいる。
これまでどれほどの苦しい人生だったろう。
今でも癌に脅えながら大変な生活だろう。

その女性は敬虔なクリスチャンだ。
先日、その女性と一緒にある家の庭にいた。
その庭は草ボウボウで、バッタがいくつも見受けられた。

歩くとバッタが飛んで逃げるのがわかる。
僕はその1匹を掴もうとしたがなかなか掴めない。
僕が歩けばドンドン逃げるので庭の隅へ飛んでいった。

それを見た彼女が、「そんなもん、踏み潰せばいいよ。」と言う。
「それは可愛そうだ。」と僕。

その庭には野菜が植わっているわけでもない。
そこではバッタは害虫でもなければ益虫でもない。
なにも殺さなくてもいいではないか?

苦しみ受け、今も闘病している彼女。
しかも敬虔なクリスチャン。
何故?バッタが邪魔なのか?

我が家の庭に妻がサツマイモを植えた。
バッタが葉っぱを食べる。
沢山植えたので、少しくらいは食べられてもいい。
我が家の庭はバッタで一杯だ。

最近は圃場も後継者不足で草ボウボウだ。
昔のようにキリギリスやバッタを見ることも少ない。
いや、ほとんど見なくなった。

除草剤のせいだろう。
ホームセンターで誰でも手に入る。
ベトナムで米軍が使った枯葉剤と同じものがホームセンターで買える。

人の有害な昆虫が害虫。
有益な昆虫が益虫。
人から見て得か損かで決まる。

自然界では人は唯の一種類の哺乳類だというだけだ。
これまで、人がどれだけこの地球を汚してきたか・・・。
僕達の食べているものはどれだけ汚染されているか・・・。

害虫も益虫もみんな一緒に生きている。
浅はかな人間の小さい考えで、生きとし生きる者達を排除してもいいわけがない。

安全な食べ物を探してもどこにも見当たらない今日この頃・・・。
posted by ままちゃん at 07:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月24日

九州への憧れ

高校時代に九州に憧れた。
浪人時代も九州芸術工科大学を受験しようと思ったこともある。

高校2年のときの修学旅行が九州だった。
阿蘇の山並みは未だに思い出深い。

6年前に亡くなった僕の親友。
彼とはその年に初めて一緒のクラスになった。

修学旅行で阿蘇のホテルに泊まった。
夜になって、彼とあと二人のクラスメートと一緒にホテルを抜け出した。
月明かりの阿蘇の草原を歩き出した。
野犬がウロウロしていて怖かった。

そのうち、二人が帰ると言ってホテルに戻った。
残された僕と彼と二人だけで歩き続けた。
今では何分間だったかは覚えていないが、やっぱりホテルに戻った。

ところが、出るときには開いていた玄関脇のドアが閉まっている・・・。
「野宿しよう。」と彼が言い出した。
僕はそれが嫌だったので、探した結果、食堂の裏手の小さなドアが開いているのを発見。
今でも、その時の阿蘇の草原を思い出す。

何故、九州に憧れたのか?
当時は毎晩ラジオの深夜放送に聴き入っていた。

でも、日曜日の深夜はどの放送局も夜12時くらいで放送が終わる。
ラジオのチューナーをクルクルまわしてみると、雑音交じりで九州の放送局から聴こえた。

また、僕のいた鉄道研究同好会でSLを追って九州を一周したこともある。
でも、一番の憧れが阿蘇だった。

雑音交じりで聴いたラジオの向こうに未知の国があるようだった。
大学は北海道だったが・・・。
阿蘇の山並みで草を食む牛の姿が遠因になっているのかもしれない。

その阿蘇が地震と大雨で被災地になった。
隔世の感がある。
posted by ままちゃん at 09:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする